昭和SL回顧-東京近辺で最後まで残った八高線 [ローカル線]
先般東武東上線の旅で八高線のお話をしましたが、そもそも幼少(中学生)の頃に鉄道研究会のメンバーと共にSLの初撮影に赴いたのが八高線でした。当初はきちんと八王子から入ったりしていたのですが、何回か訪れるたびにちょっとズルをして西武鉄道で東飯能に行くルートの方が格段に速く列車頻度も高いので、そちらを使わせて頂きました。主に秩父地方から出てくる石灰石等の鉱物を運んでおり、首都圏でSLが次々と無くなる中で最後の最後まで頑張って活躍していました。
ここはD51型SLが主流ですが、時々重連(機関車2台連結)が来たり、逆向編成(SLが後ろ向きに貨車を引っ張る)に出くわす事もよくありました。
(45年前の写真でカラー版は正直珍しく残ってました。)
最近の東飯能駅近辺は完全に首都圏通圏内なので住宅が結構密集していますが、昔は田んぼの中を疾走する姿も見られたのです。
当時は単線の行き交いに「タブレットの交換」という儀式が必ずあり、駅長がタブレットの受け渡しをしているシーンも残っていました。(機関士が手に持っている丸い輪のようなものが「タブレット」です。今はやりのiPADのようなものとは全く違いますので念のため、、、)
この八高線の東飯能駅が「鉄ちゃん」「SLファン」への情操に大いにお世話になった場所と言っても過言ではありません。
ここはD51型SLが主流ですが、時々重連(機関車2台連結)が来たり、逆向編成(SLが後ろ向きに貨車を引っ張る)に出くわす事もよくありました。
(45年前の写真でカラー版は正直珍しく残ってました。)
最近の東飯能駅近辺は完全に首都圏通圏内なので住宅が結構密集していますが、昔は田んぼの中を疾走する姿も見られたのです。
当時は単線の行き交いに「タブレットの交換」という儀式が必ずあり、駅長がタブレットの受け渡しをしているシーンも残っていました。(機関士が手に持っている丸い輪のようなものが「タブレット」です。今はやりのiPADのようなものとは全く違いますので念のため、、、)
この八高線の東飯能駅が「鉄ちゃん」「SLファン」への情操に大いにお世話になった場所と言っても過言ではありません。
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